丹後 天橋立のお土産・イベント・観光情報や地元の人しか知らない穴場スポットのご紹介!!スマートフォン片手に天橋立観光はいかが?|詳細ページ

pagetop

天橋立、伊根町、与謝野町、宮津市、文珠 府中のグルメ・ランチ・イベント・穴場スポット情報先取!

掲載物件:408

お気に入り マイあるっく インスタグラム instagram LINE ライン Twitter ツイッター FaceBook フェイスブック Pintarest ピンタレスト

Menu

ホーム マイあるっく 丹後のおみやげ 天橋立でランチ 天橋立 夜ごはん 天橋立でグランピング 丹後へアクセス 天橋立 冬の味覚 観るで検索 買うで検索 食べるで検索 遊ぶで検索 泊まるで検索 医療で検索 美容で検索 その他で検索 新着情報 イベント情報 教えてその由来 詳しく絞り込み お問い合わせ プライバシー 運営情報 アクセスキーワード サイトマップ

詳細ページ

弓木城

  • 天橋立 観光 弓木城
  • 天橋立 観光 弓木城
  • 天橋立 観光 弓木城
エリア 与謝野エリア
種類 城跡
電話番号
ウェブサイト
メール
営業時間
休日
住所 京都府与謝郡与謝野町字弓木
コメント 弓木城は、稲富氏が室町時代後期以降根城とし、丹後国守護一色氏が最期の拠点とした丹後地方を代表する中世の山城ですが、そのくわしい歴史はわかっていません。
稲富氏については、「寛政諸家系図伝」に「はじめは山田氏なり。丹後国忌木(=弓木)の城主たりし以来、あらためて、稲富氏となる。」とあり、初代稲富氏のもとの姓は山田氏で、丹後弓木城主となってから改姓して稲富氏を名乗ったことになります。
そして、二代目直時のときに、丹後国守護一色氏の家臣となったようです。ところで「丹後国御壇家帳」には「いミの木」の大なる城主稲富氏ほか四名の名をあげ、これとは別に「いミの木の地下」にそうめん屋ほかの名をあげています。
天正10(1582)年、織田信長の命令をうけた細川藤孝(幽斎)、忠興(三斎)父子の丹後攻略により、一時丹後一色氏は弓木城に立籠りました。が、抗戦の甲斐なく滅亡しました。
四代直家は、当時希代の鉄砲の名手として一色氏に仕えていましたが、運良く滅亡をまぬがれ一時細川氏に仕えた後、豊臣秀吉、徳川家康に珍重され、晩年は、尾張徳川家の祖義直(家康の第九子)に仕えました。
城跡は城山公園になっていて、昭和56(1981)年から昭和60(1985)年にかけて整備されました。

 

前のページへ戻る
©2026 天橋立のお土産・観光情報満載 橋立あるっく